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恵方巻

2017年02月06日

さんさん広場のKです。

今日は、節分です。私が福岡にいた頃は、恵方巻はありませんでした。ここ数年、恵方巻が流行るようになりました。

学生時代に岡山にいた頃は、恵方巻がありました。最初は、何のことか分かりませんでした。

今年の恵方は、北北西です。恵方の方を向いて、しゃべらないで恵方巻を丸かじりしなければなりません。私は、正確にその年の恵方を向きたいので、百均で方位磁石を買いました

今日は、恵方巻を買って帰ろうと思っています。そしたら、おかずが少なくて済むので、ラッキーです。

福岡で買う恵方巻は、太巻です。岡山にいた頃は、中巻と呼ぶのかどうか分かりませんが、太巻と細巻きの中間くらいの太さでした。だから食べやすかったのですが、福岡は太巻なので食べるのが大変です。

最初は、お寿司屋さんの陰謀なのかと思っていましたが、どうも海苔屋さんの陰謀らしいです。

「正しい方角を向いて、しゃべらないで食べる」ことが大切です。

後は、豆まきがあります。最初に「福は内」と言って福を家の中に取り込みます。後片付けが大変なので、パック入りの豆を使う方が多いと思います。我が家は、豆まきはしません。子供もいないし、面倒くさいからです。

一度、成田の「新勝寺」の豆まきに行ったことがあります。お相撲さんと、その年のNHKの大河ドラマの出演者と、一般の年男・年女が豆をまきます。ニュースで放映されるくらい有名です。私が行った時は、雨が降っていて寒かったです。3回豆まきが行われます。  


Posted by sansanhiroba at 09:53Comments(0)日記

神経痛

2017年02月06日

さんさん広場のKです。

長い間、お休みをいただいていました。なんと、10月の中旬から突然立てなくなり、整形外科に行ったら「神経痛」と言われました。そして、念のため整形外科の先生が「脳神経外科」と「日赤病院」を紹介してくださったので、診察に行きました。

「脳神経外科」では、「異常なし」と言われ、「日赤病院」では「ただの神経痛」と言われました。夫の負担軽減のために入院したかったのですが、「これくらいの神経痛では、入院は無理だ」と言われました。

それからは、私は寝たきりの生活になりました。神経痛は「安静」にしているしかなく、痛み止めの薬を飲むだけでした。3週間も寝たきりだったので、「床ずれ」ができました。

でも、自分でも感心するのですが、3週間もTVもない部屋で「ただ寝ていた」だけなのに、特別退屈だとは思わなかったことです。一人では起きられないので、布団の上に正座をして、それを夫が抱きかかえるようにして立たせてくれるのです。

そして、夫に病院に連れて行ってもらう時は、手を引っ張って行って、助手席に押し込んでくれます。でも、引っ張られて歩くのは、すごく痛いのです。どこでもかしこでも「痛い!痛い!」と叫んでいました。今、考えてみると子供のように叫んでいたので、「恥ずかしかった」と反省しています。でも、痛くてたまらなかったのです。

夫は、大変でした。買い物をして、私に食事をさせてくれ、かかとを「低温やけど」していたので、その傷の手当をしてくれました。そして、洗濯も。仕事が忙しい時だったので、大変でした。本当に感謝をしています。

寝たきりから、柱を持って自分で立てるようになったら、家の中なら伝い歩きをして、トイレにも行くこともできるようになりました。それからは、めきめきとよくなり、年末には誰かに手を引いてもらえば、外も歩けるようになりました。そして、やっと職場復帰ができました。本当にうれしいです。

ただ、左足のかかとの付近を低温やけどしているので、サンダルを履いて歩いているので、疲れます。たぶん原因は、電気式毛布だと思います。それに2か月くらいほとんど歩いていないので、脚の筋肉が弱っています。ちょっと歩いただけでも、疲れます。いつもなら、歩くところを地下鉄に乗っています。そして、階段は使わないようにしています。

低温やけどは、2か月半も経つのにまだまだ良くならないし、疼きます。痛み止めは飲みたくないので、じっと耐えています。  


Posted by sansanhiroba at 09:48Comments(0)日記

私の大切にしているもの ”10がつく日” 】

2016年12月16日

タイトル:我が家の住まいについて

自分の家を持ちたい事は若いときからの夢を持っていました。

大阪より帰省して約10年で自分が家を持てた夢が実現いたしました。

最初は準和風住宅の寄せ棟で2階建て7LDKで(7人家族)車庫付きでしたが

私の計画ミス、家族から批判の声が多いに出てしまい本当に大変でした。

それから、10年間ほど経った時に地域内の区画整理(農地道を宅地に整備)の

計画が始まりました。

そんな時に自分自身が病に倒れ8ヶ月の入院生活が始まりました。

入院中に病院まで行政の人達との話合いが始まり

色んな事を勉強する事に成りました。

いろんな事をいろんな方とやり取りしながら8ヶ月の入院生活も終わり

やっと自宅に帰る事ができ今度は引越しの準備や解体などの予定を立てましたが

肝心の解体現場をみることができず涙、涙の日々でした。

仮住まいをしながら次の住まいの計画を立てたり、いろんな知識を得ることができ

ある住宅会社(工務店)に巡り会い私は、その工務店に決めたのです。

担当の営業職のTさんは、とにかく親身になって話しを聞いてくださり

全てにおいて良心的でした。

それからというもの、工事が完成するまでは順調に事が進み記念すべき

なんと2010年10月10日のAM10時10分に完成したのです!

完成した我が家はとても快適で5LDKの庭付きで車庫に車が3台も停めれます。

毎日、季節を感じながら通勤ができます。

私は素晴らしい工務店の営業のTさんと出逢い、

話し合えることのできる相手をもつことができましたので

それは一つの喜びです。

大切な家や家族を守っていくためにも、これからも

頑張ってお仕事に励んで行こうと思っています。

メンバーKより  


Posted by sansanhiroba at 13:58Comments(0)日記

長崎へ1泊2日の旅

2016年11月17日

さんさん広場のKです。

いつも9月頃になると、母が「どこかに娘二人と旅をしたい」と言い出します。
一昨年は東京に「はとバス」で旅をしました。「はとバス」は、とても快適でした。親子3人とも、すっかり「はとバス」のファンになりました。

去年は、京都に行きました。r和風の旅館は取れましたが、すごく狭くて2人のトランクを置くスペースがありませんでした。次の日は観光タクシーで回って快適でした。

今年は、長崎へ行くことにしました。母の希望は「順和風で、ベット(自分が足が悪いので、畳から起き上がるのが大変だから)がある部屋」と言う希望ありました。私は、「トランクを2つゆっくり空けられる空間がある」と言うことを希望しました。京都の部屋は、狭くて妹と私のトランクを開ける空間がなくて困りました。

「この条件で探してください」と、いつもお世話になってる近畿日本ツーリストにお願いしました。すると「にっしょんかん 新館 梅松鶴」と言う旅館を探し出してくれました。

稲佐山の反対側にある旅館で、夜景が見える部屋を取ってくれていました。窓から何度も夜景を見ました。広々したお部屋で、ベットが2つと和室があり、ゆっくりできる部屋でした。

11:55の「かもめ」で行ったので、14時前には長崎に着きました。15時からのチェックインするには早いので、長崎駅に隣接している「アミュプラザ 」に行きました。

母がお土産を大量に買うので、トットと買わせないと「土産物を買わなきゃ」と思っていました。ずっと思ったままで旅をすると、旅の十分にエンジョイできないと思うからです。

それに私は、トットとお土産を買ってしまいました。それからは、お土産のことを考えずに旅をたのしめます。  


Posted by sansanhiroba at 09:56Comments(0)日記

間違った鍵

2016年11月16日

さんさん広場のKです。

昨日ことです。私は職場に向かっていました。夫は電車で、九大にいくところでした。

私が、タクシーで南福岡駅に着いた時で、電話がかかってきました。ちょうど、タクシー(腰が痛いので)代を払っているところだったので、電話にでることができませんでした。

普通なら上の改札のところで見るのですが、タクシーを降りるなり不在通知を見て、電話をしました。夫からで「私が夫のキーホルダーを持っていた」と興奮していました。

私が自分のキーホルダーをバッグに入れたことを確認しないまま、夫の鍵を持って鍵をかけて出かけたのでした。

この前も同じ様なことがあったので、気をつけなければと思っていたのですが。

私の鍵が右ので、スヌーピーの赤のキーホルダーがち付いています。左の鍵が、夫の赤いキーホルダーが付いています。だから、私は赤いものが付いているキーホルダーに本能的に取ってしまうのです。

夫は家の鍵がかけられなくて困っているのでした。すぐにタクシーを拾って、家に戻り、駐車場に待っていた夫に鍵を渡しました。夫は、ダッシュでマンションの5階まで行って鍵をかけて私はタクシーの中で待っていました。

で、夫は南福岡まで歩かないですんだのだので、ニコニコとしていました。普通は「何で確認しないのだ」と怒ると思いますが、「どーして確認しなかったのか。」と普通に言っただけです。

とにかく、無事に二人で博多方面(夫は吉塚まで)の列車に乗ることができて、よかったです。

今日はJRが遅れていて、何と!快走の代わりに特急に乗れました。広い空間に座れて快適でした。  


Posted by sansanhiroba at 12:52Comments(0)日記

コーヒーミル

2016年11月11日

さんさん広場のKです。



38年以上使っていたドイツ製のミルがついに壊れてしまいました。我が家は、豆は挽いてもらわずに豆のまま買います。なので、ミルが必要なのです。

何で38年以上と言えるのは。夫と知り合った時から、そのミル)があったからです。ドイツ製です。

そしたら、ついにそのミルが壊れてしまいました。

とにかくミルを買わないと、コーヒーが飲めません。夫は休みの時に、ダッシュで買いに行きました。

中々ミルだけは売っていなくて、コーヒー豆を買う「ファディ」というスーパー(でも、生鮮食料品は売っていない。)で右の写真にあるミルを買いました。

使い心地は聞いていませんが、文句を言わないところを見ると、それなりなのだと思います。

今は、アイスコーヒーも作っています。コーヒー豆を入れ、コーヒーをドリップするように水を入れていきます。

そのまま、一晩冷蔵庫で冷やして、できたコーヒーを麦茶を入れるような容器に入れて保存します。

シロップも買ってあります。夫がいつもシロップの容器をテーブルに置いたままにしているので、ムッとしながらゴミ箱に入れています。  


Posted by sansanhiroba at 10:25Comments(0)日記

母のTV出演

2016年11月10日

私の母が、10月30日放映の「前川清の 笑顔まんてん タビ好き」で1ヶ月ほど前にインタビューをされ、それが放映されました。本当に偶然にロケ隊に出会ったそうです。

1時間の放映の中で、結構流されていました。「やっぱり、おばあさんやね」と本人は言っていました。

その次の日に、その番組のディレクターが家を訪ねて来て、茶室と井戸を撮影したそうです。「前川さんがいたら、喜んだでしょう(前川さんは、こういった家が好きなんだそうです.)」と言っていましたそうです。

でも、1時間半ほど撮影されたと言うことですけど、「その部分の放映は少しだけだったので、「母はもうちょっと映してほしかった」と不満を言って言っていました。」

母は、自分がTVに映ったことを、近所の人・友だち・知り合いに言いまくっていたようです。最初は11月6日に放映される予定でしたが、10月30日に変更になったことも、あっという間に知れわたり、みんな見ていたようです。父の故郷天草の親戚も見ていたそうです。

もちろん、妹も私も録画しながら見ていました。母との前川さんの絡みは、多分全部放映されていると思います。武田鉄也のタバコ屋(実家から3分ほどのところにあります。)を写して来た足で、母が歩いていたら、声をかけられたそうです。

母は、「CD(CD(DVDの間違い。母は理解していません。)にしてくれ」と言うので、我が家でダビングすることになりました。母はハードディスクも持っているようなので、自分でできるはずなのに、私に頼むんです。DVDに落としてあげようと思っています。自分が見るためと、父の御前に置きたいと言っています。

でも私は来た人に自分の写っているところを見せるつもりがあるんだ思っています。撮影がされた日に電話をしたら(もちろん、そんなことがあっていたと知りませんでした)、母はすっかり興奮していました。最初は11月6日に流される事になっていたのですが、放映が変更になりました。6日に妹と私とお出かけするつもりだったのに、「この放送を見てからしか、出て行けない。」と子供のようなことを言っていました。結果的には放映が変わってくれて、助かりました。

「みんなが見ているのに、その本人が見ていなかった」と言うわけには行かないと駄々をこねるので、仕方なく用事の時間を変更しました。

まあ、あれだけ出ていたので、仕方なかったかなと思いました。夫も感動して、電話をしてきました。

おとといから今日まで、10本近く電話がかかってきたそうです。雑餉隈で買いも物をしていたら、いろんな人から声をかけられたそうです。  


Posted by sansanhiroba at 14:16Comments(0)日記

冬がやってきた!

2016年11月08日

さんさん広場のKです。



つい最近まで、暑くて半袖を着ていたのに、この2~3日で急に秋らしくなってきました。「そろそろ、ファンヒーダーを出さなくてはいけないな」と思っていました。

すると昨日のことです。家に帰ってみるとガスファンヒーターが出ていました。ちょっと、感動しました。今朝も寒かったので、夫が「毛布を出しとって」と言っていました。

私もインターネットで、「明日の気温」を見て、次の日に着る物を決めます。秋らしく、長袖一枚で過ごせる時は、ちょっとの間でした。

昨日、上着は片付けていたので、今朝の気温に耐えられる物を決めることができました。

我が家はウオーキンキング・イン・クローゼットがあるので、衣替えをする必要はありません。でも、引き出しの中に何が入っているのか(一応付箋に書いてセロテープではってはいます。)、完全には把握していないで、一段ずつ中身を調べていきました。

そしたら、その服の存在を知らないものもありました。次はセーターとスカートの片付けをする予定です。夫は自分でやっているようです。

そこで、下着がだめになっているのに気づいているのに気づき、のでイオン大野城に行きました。で、ちょっと安くてかわいいのがあったので、5枚も買ってしまいました。

家に帰って、下着置き場を整理したら、結構持っていることがわかりました。そこは、夫が洗濯下も物をそこにバンバン入れていたので、奥にあるのを気づいてなかったのです。まあ、くさる物ではないので、旅行に行く時などに使おうと思うことにしました。

こうやって、少しだけ入らない物をはすることにしました。食器棚の中も整理して、使っていないものは処分して、お客さんが来た用にととっていたものを、普段使いにしようと思っています。
とにかくこの温度差に耐えられるように、服を片付けておこうと思っています。  


Posted by sansanhiroba at 09:36Comments(0)日記

ハロウィーン

2016年11月04日

さんさん広場のKです。  


Halloween?または?Hallowe’enとは、毎年10月31日に行われる、古代ケルト人が起源と考えられている祭のこと。もともとは秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事であったが、現代では特にアメリカ合衆国で民間行事として定着し、祝祭本来の宗教的な意味合いはほとんどなくなっている。カボチャの中身をくりぬいて「ジャック・オー・ランタン」を作って飾ったり、子どもたちが魔女やお化けに仮装して近くの家々を訪れてお菓子をもらったりする風習などがある。(ウイキペヂアより)

日本でも、あちこちで「収穫祭」や「秋祭り」がある。その日本版はここ数年大人が仮装をするお祭りになっている。1週間ばかり前から、お店のデスプレイが「かぼちゃと魔女」になっている。

火を焚いていた[要出典]。これに因み、31日の夜、カボチャ(アメリカ大陸の発見以前はカブが用いられた。スコットランドではカブの一種ルタバガを用いる[2]。)をくりぬいた中に蝋燭を立てて「(Jaジャック・オー・ランタンck-o’-lantern)」を作り、魔女やお化けに仮装した子供たちが近くの家を1軒ずつ訪ねては「トリック・オア・トリート(Trick or treat. 「お菓子をくれないと悪戯するよ」または「いたずらか、お菓子か」)」と唱える。家庭では、カボチャの菓子を作り、子供たちはもらったお菓子を持ち寄り、ハロウィン・パーティを開いたりする。お菓子がもらえなかった場合は報復の悪戯をしてもよ い。(ネットより)

本当は、子供たちの行事なのに、何か最近は大人の仮装の日のようになってしまっている。日本は「バレンタイン」「クリスマス」のようなものを、それの宗教性を無視して、お祭りみたいになっていいところだと思います。私が通っている整骨院では、「従業員がコスプレをし、ここの患者が投票する」というという計画をしています。

まあ、何でも取り入れ、文化の1部にすることが、日本人のいい?ところだと思っています。  


Posted by sansanhiroba at 11:39Comments(0)日記

コスモス

2016年11月02日

さんさん広場のKです。

我が家では、春には桜・秋にはコスモスを見に行くことにしています。昔は、宮崎県の生駒高原まで見に行っていました。でも、駐車場がそんなに広くないので、朝8時くらいに出かけたら、すごい駐車を待つ車がいました。

そこで、5時頃に出発して、朝ごはんを食べていました。その頃になると、車がだんだん込みだします。

キリンの福岡工場のコスモスを先週の土曜日に行きました。まだ満開とはいきませんが、8部咲きぐらいでした。雨が少し降っていましたが、夕方になると結構な人が見に来ていました。今週の土日が満開で、見ごろだったらうと思います。

今ままでは、飲酒防止のために、テントでも売っていませんでした。レストランに入るか、工場見学の時の最後の試飲のときしかビールを飲めませんでした。

でも、今年はテントの中でも発売されていました。ビールを片手に、テントの中で飲んでいる風景はちょっと笑えました。

私たちは、レストランに入ってビールを飲みながら、夕飯を食べていました。テラス席があいていたので、しっかりコスモスを見ることができました。レストランのメニューはちょっと高めでしたが、とてもおいしかったです。

スペアリブはおいしくて、全部(骨だけ残す)食べることができなかったので、夫が全部食べて骨だけにしていました。最初は、スペアリブを倍頼もうとしていましたが、夫が「半分でいいよ。」といったので、5本のスペアリブ減らして正解でした。すごいボリュームでした。

後、ウインナーも食べました。ちょっとケチって3種類のウインナーを食べました。とてもおいしかったので、5種類のにすればよかった後悔しました。

生駒高原に行っていた頃は、生駒が絶対に1番きれいだと思っていましたが、キリンの福岡工場の方がたくさん(一千万本もコスモスがあります。)しているし、とにかく近いです。古能島も行きました。九重高原にも行きました。産山村にも行きました。

私の中では、キリン福岡工場のコスモスが一番です。



  


Posted by sansanhiroba at 09:54Comments(0)日記