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恵方巻

2017年02月06日

さんさん広場のKです。

今日は、節分です。私が福岡にいた頃は、恵方巻はありませんでした。ここ数年、恵方巻が流行るようになりました。

学生時代に岡山にいた頃は、恵方巻がありました。最初は、何のことか分かりませんでした。

今年の恵方は、北北西です。恵方の方を向いて、しゃべらないで恵方巻を丸かじりしなければなりません。私は、正確にその年の恵方を向きたいので、百均で方位磁石を買いました

今日は、恵方巻を買って帰ろうと思っています。そしたら、おかずが少なくて済むので、ラッキーです。

福岡で買う恵方巻は、太巻です。岡山にいた頃は、中巻と呼ぶのかどうか分かりませんが、太巻と細巻きの中間くらいの太さでした。だから食べやすかったのですが、福岡は太巻なので食べるのが大変です。

最初は、お寿司屋さんの陰謀なのかと思っていましたが、どうも海苔屋さんの陰謀らしいです。

「正しい方角を向いて、しゃべらないで食べる」ことが大切です。

後は、豆まきがあります。最初に「福は内」と言って福を家の中に取り込みます。後片付けが大変なので、パック入りの豆を使う方が多いと思います。我が家は、豆まきはしません。子供もいないし、面倒くさいからです。

一度、成田の「新勝寺」の豆まきに行ったことがあります。お相撲さんと、その年のNHKの大河ドラマの出演者と、一般の年男・年女が豆をまきます。ニュースで放映されるくらい有名です。私が行った時は、雨が降っていて寒かったです。3回豆まきが行われます。  


Posted by sansanhiroba at 09:53Comments(0)メンバーコラム

神経痛

2017年02月06日

さんさん広場のKです。

長い間、お休みをいただいていました。なんと、10月の中旬から突然立てなくなり、整形外科に行ったら「神経痛」と言われました。そして、念のため整形外科の先生が「脳神経外科」と「日赤病院」を紹介してくださったので、診察に行きました。

「脳神経外科」では、「異常なし」と言われ、「日赤病院」では「ただの神経痛」と言われました。夫の負担軽減のために入院したかったのですが、「これくらいの神経痛では、入院は無理だ」と言われました。

それからは、私は寝たきりの生活になりました。神経痛は「安静」にしているしかなく、痛み止めの薬を飲むだけでした。3週間も寝たきりだったので、「床ずれ」ができました。

でも、自分でも感心するのですが、3週間もTVもない部屋で「ただ寝ていた」だけなのに、特別退屈だとは思わなかったことです。一人では起きられないので、布団の上に正座をして、それを夫が抱きかかえるようにして立たせてくれるのです。

そして、夫に病院に連れて行ってもらう時は、手を引っ張って行って、助手席に押し込んでくれます。でも、引っ張られて歩くのは、すごく痛いのです。どこでもかしこでも「痛い!痛い!」と叫んでいました。今、考えてみると子供のように叫んでいたので、「恥ずかしかった」と反省しています。でも、痛くてたまらなかったのです。

夫は、大変でした。買い物をして、私に食事をさせてくれ、かかとを「低温やけど」していたので、その傷の手当をしてくれました。そして、洗濯も。仕事が忙しい時だったので、大変でした。本当に感謝をしています。

寝たきりから、柱を持って自分で立てるようになったら、家の中なら伝い歩きをして、トイレにも行くこともできるようになりました。それからは、めきめきとよくなり、年末には誰かに手を引いてもらえば、外も歩けるようになりました。そして、やっと職場復帰ができました。本当にうれしいです。

ただ、左足のかかとの付近を低温やけどしているので、サンダルを履いて歩いているので、疲れます。たぶん原因は、電気式毛布だと思います。それに2か月くらいほとんど歩いていないので、脚の筋肉が弱っています。ちょっと歩いただけでも、疲れます。いつもなら、歩くところを地下鉄に乗っています。そして、階段は使わないようにしています。

低温やけどは、2か月半も経つのにまだまだ良くならないし、疼きます。痛み止めは飲みたくないので、じっと耐えています。  


Posted by sansanhiroba at 09:48Comments(0)メンバーコラム

☆ブログ連載始めました☆【メンバー美波の”連載”】「グルグル思考を止める方法について」 ※英訳有

2016年12月23日

さんさん広場祇園教室では、「メンバーさん」と呼びしている

さまざまな障がいをもった方が働いておられます。

美波さんというメンバーさんが今回、ご自身のご病気について

連載をして頂く事となりました。

とても、勇気のいることだと思います。

自分自身をふり返ることで、そこで気づきになり、変化し、成長となります。

皆様どうかあたたかく見守ってください。





さんさん広場で、働いている美波です。

私の病気の体験について、連載をさせていただくことになりました。





ぐるぐる思考がとまらなくて、

連想ゲームのように、次から次へと、嫌だったことを、

長年、思い出してばかりいて、苦しんでいました。

こうなってくると、もう、楽しかったことを思い出しても辛いのです。

そう、思い出すという行為が、自分を、

たまらない気持ちに、させていたのだと思います。



この症状を、お薬で抑えても、

なんだか頭がもやもやしてしまいます。

家族に、「頭がもやもやする、もやもやする。」と、

よく、うったえていました。



しかし、お薬は、とても大切です。

お薬をきちんと飲んだうえで、以下の方法を参考にしてください。



この状態から抜け出すのに、良かったと思われるのは、

ウォーキングデイケアへの参加、

ヘルパーさんの存在バッチフラワーレメディー、等です。



今回は、バッチフラワーレメディーが、

私に、どう良かったかをお話したいと思います。



そもそも、バッチフラワーレメディーとは、

不思議なお花療法で、お花から採取した、お水が、

小さな小瓶に入っていて、コップに汲んだお水に、2滴ずつたらして飲みます。



(5種類をブレンドしたレスキューレメディーは、4滴たらして飲みます。)



効能別に、38種類があって、7種類まで自分で、

組み合わせて、ブレンドすることが出来ます。

(38種類意外に、レスキューレメディー、レスキューナイトがあります。)

とても、小さな小瓶ですが、約1月分あり、

私は、その期間に、みるみる頭の中がスッキリしていきました。

とても、癒されたのです



どうやって、このバッチフラワーレメディーに、

出会ったかというと、眠れない夜に、

ケイタイで、「死にたい気持ちの対処方」とグーグルしたのです。

ヒットした、サイトで、

偶然、見つけ、今では、死にたいと思うほどの夜は、

ほとんどなくなりました。

バッチフラワーレメディーは、ロフトでも売っていますが、

7本買うと、値引きになることから、ネットで、購入しました。

値引きになるとはいっても、1ケ月飲んで、現在、飲まなくて良くなるほど、

癒されるとは、予想していなかったので、

大きな金額を、だすことに迷いがありました。

きちんとした収入のある、体調を崩した家族が、

バッチフラワーレメディーを飲んでみることになり、

たくさんのレメディーを、購入しました。

そのなかの、ホワイトチェストナットとレスキューレメディーを、

私も飲ませてもらえたのですが、

すぐに、グルグル思考がなくなっていくのを、感じました。

もっと、元気になりたい!

過去に縛られたくない!

という想いから、自分で、7種類選んで、購入することにしました。

私が、選んだレメディーは、ホーンビーム、ホリー、

パイン、ウィロウ、オリーブ、ハニーサックル、レスキューナイト、です。

お友達に、バッチフラワーレメディーの話をしたところ、

いろいろ調べてくれました。

日本では、お医者様や、カウンセラーの先生が、

バッチフラワーレメディーを勧めると、

薬事法にふれるそうです。

お薬や、医薬品ではないからだそうです。

これらのレメディーを飲んで、

グルグル思考がとまったら、

今現在に気持ちが向くようになり、

お風呂に入ったり、お化粧したり、

食事の準備ができたり、さまざまなことが、出来るようにした。

まさに、お花療法に、心が癒されたのです。

そして、さんさん広場との出会いもあり、元気に出勤しています。

(筆 美波)



I’m working at sansanhiroba 【 Sunshine Square 】 while undergoing medical treatment. I’ve been tormented by bad memories whirling in my head for a long time. These whirling, bad memories occurred in my head, one after another, like a word association on game. The occurrence of these whirling, bad memories even kept me from remembering my cherished good memories happily. At that time, my whirling, bad memories occurrence had become worse to the degree that the deed of remembering memories themselves had become real torments for me.

I couldn’t contain these kinds of symptoms even by using doses of prescription drugs completely. After taking prescription drugs as instructed by a doctor, my head was still sort of unclear. I often talked with my family members of my sort of unclear head after taking these medicines that the doctor had prescribed.

One sleepless night I used an internet search engine on my mobile phone by inputting the words, “ How to cope with the situation when you feel like dying ”. Then I bumped into a product of biologically based therapies, a kind of herbal remedy. Needless to say, it’s a kind of alternative medicine, so medical professionals are not able to recommend those kinds of products to the general public including patients. Medical professionals’ recommending such products violates the medical practitioner’s law and Pharmaceutical Affairs Law ( Japan ). Some say they only have a placebo effect, and others say they are homeopathic remedies ( medicines, treatments ). In my case, the product of biologically based therapies, a kind of herbal remedy that I had happened to meet online worked pretty well for my symptoms. I’d like to be the person with vim and vigour. I don’t like to be dragged down by bad memories of my past. By the use of this kind of alternative medicine along with the doctor’s prescription drugs, my whirling bad memories occurrence is almost gone. My such symptoms have settled down. Now I can manage to do the household chores normally, self–grooming and the things that I was not able to do while having the symptoms mentioned above. And my entrance into my present workplace gave me another boost in my daily life. Thank you for your time.
(英訳:Shinji)  


Posted by sansanhiroba at 11:41Comments(0)メンバーコラム

【お薬って、太りませんか?】

2016年12月22日

さんさん広場で働いている”美波”です。

今日は、私が普段服用している薬について、少しだけ語ってみたいと思います。



お薬って、太りませんか?



私がクリニックを初めて受信したのは9年前で、

それから、お薬を飲み始めて、9年目になります。

実は始めは、とにかく寝てばかりで、

何も食べられなくて、吐いてばかりでした。

吐くものがなくて、胃液を吐くのが、辛かったのを、覚えています。

その時は、プリンペランを処方していただいていたのですが、

服薬すると、吐き気がするのに、

お腹が空くという負のスパイラルに陥って、とても苦しかったです。



最初の、夢でもみているかのようなわずかな期間、

体重が3キロぐらい減りましたが、

その後は、食欲が増すばかり。

あれよ、あれよ、と最終的には、なんと・・・・16キロも太ってしまいました。

元気が出るお薬が、私にとっては、

食欲が増すだけの薬のように感じました。

だるくて、家事すら手に付かないのに、お腹だけは、たまらなく空くのです。

そんな状況で、太ってしまい、

さらに、病名も変わったことで、

さらに食欲の増す、太りやすいお薬を服薬することになり、

体重は、どこまで増え続けるのだろうか?と不安でした。



海の見える病棟で有名な病院を、退院した後、

ヘルパーさんに、訪問サービスをお願いするようになり、

少しずつ家事が手に付くようになりました。



その後、4回目の転院をし、

今のクリニックの院長先生に出会いました。

食べ過ぎを防ぐ効果のあるお薬を、処方してもらいました。

だんだん、元気になり、母との一時間のウォーキングが、日課となりました。



お薬飲み初めて、7年目の冬、

本格的にダイエットをしようと、

1時間のウォーキングを、3回にしました。

みるみる、体重が落ち、目に見えて成果がでるので、

ダイエットが楽しくてしかたありませんでした。



入らなくなっていた、7号のパンツが入るようになり、

いっそう、効果をだそうと、午前、午後、夕方、夜と、

ウォーキングの回数を4回に、した時期もあります。



半年もたたないうちに、16キロ落ち、もとの体重に戻りました。

現在は、平日は、さんさん広場までの通勤のために、

博多駅から祇園駅までの行き帰りを歩き、

土日は、地元の海まで歩いたり、なるべく遠くまで、

歩いてお買い物に行ったりしています。



気を抜くと、すぐ太ってしまうので、

お腹が一杯になったら、無理して食べない。

食事の時間の間隔をあけすぎない、などを気をつけています。



ウォーキングダイエットのコツは、

寒い時期にやることです。

脂肪が燃焼しているのを、体感できるような気がします。

実際、とても、寒いのに体が、ポカポカしてきます。



雨の日でも、傘をさし、小雨なら、

トレッキングシューズ、大雨ならレインシューズを履いて、

歩くことをお勧めします。



この、トレッキングシューズも

ポイントかもしれません。

歩いている振動が、全身に伝わって、

脂肪を揺らしている感じがします。なんといっても、

防水加工がしてあるし、山を登るためのシューズですので、

足で地面を感じることができます。



トレッキングシューズは、一万円以内のもので、十分かと思います。

それでも、お高いですね。

それから、ジョギングシューズやウォーキングシューズは、

クッションが効いていて、歩いている振動が吸収され、

体に伝わりません。

普通のスニーカーでは、足が痛くて、歩くのが苦になるかもしれません。



長時間、歩いていると何故だか、頭の中が、ポジティブになります。

以前、お家のなかで、ぐるぐる思考がとまらなかったのですが、

外にでて、歩きながら、景色をみたり、

歌を口ずさんでみたりすると、改善しました。



一番、精神面で効果的だったのは、

母とのおしゃべりです。歩きながらだと、

とても気持ちを、言葉にしやすいのです。



今年の6月で、母が65歳になったので、

午前の母との散歩は、卒業しました。

約2年の間、毎日、1時間、一緒に歩いてくれて、母には、とても感謝しています

これから、秋です。風が涼しくなりましたら、

ウォーキングダイエットは、いかがでしょうか?



秋、冬、頑張っておくと、一年中、理想のスタイルをキープできますよ。

着たい服を着て、おしゃれを楽しむ。女子の醍醐味ですね。

さんさん広場で毎日楽しく通勤ができるように

私も、リバウンドしないように、気をつけて頑張りたいと思います。



こんなふうに思えるようになった私って、、、、、

変化・・・・気づき・・・・そして・・・・成長です!!!!やったぁー!

と、自分を褒めて行こうと思います。



(筆:メンバー 美波)


  


Posted by sansanhiroba at 10:41Comments(0)メンバーコラム

【小学校2年で教わったワンランク上の遊び】

2016年12月21日

幼い頃いろいろなもので遊んでいた筆者ですが

どうもものを散らかしてしまい結果として紛失してしまうという

情けない子供でした。

まぁ子供のうちは、紛失の一つや二つはあるのでしょうが、

筆者はちょっと異常でした。(汗)

そのせいかTVに興味が向いて「お笑いスター誕生!」などのことに詳しかったりします(笑)

その中で小学校2年生のとき、近所に住んでいた

ヒロキくんという同級生。

小学生の時代はよく遊んでいた間柄のヒロキくんでしたが

このヒロキくんから面白いものを教えてもらったという記憶が残っています。

それまでカードで遊ぶものは

トランプかカルタと相場が決まっていました。

しかしカルタなんかは面白い言葉が読み札でないと面白くないし、

トランプはババ抜きとか七ならべぐらいしか出来ませんでした。

(のちに発売された「ジャイアント馬場抜き」は欲しかったですが・・・)。

そこに現れたのが「花札」でした。





花札のルールは母が知っていたらしいですが、

何分始めてみるものに興味津々でした。

花や動物をモチーフにした古風な絵のデザインや

パチッと札を札で叩くような音は一種のカルチャーショックを受けました。

ヒロキくんにはいつも負けていましたが

負けるといつもゴネていた筆者がゴネた記憶がありません。

(実際にはあったと思いますが、それでケンカをしたことなど一度もありません)

役を覚えるのに結構な頭を使います。

そして駆け引きがうまくないと持ち札がうまく使えないのです。

大体は札を7枚互いに持ち、その場には6枚。

残りの札は山積みになっていて、一枚梅なら梅の札があれば

それをその上にパチッとやって山積みの札から1枚取ります。

ここで運も味方につけないと勝てないのです。

ヒロキくんにはよく役も教えてもらったものです。

よく聞く「猪・鹿・蝶」とか「大ざん(松・梅・桜)」、

「松・桐・坊主」なんていうのもありました。

「(桜と菊の盃で)花見で一杯」とか

桜・菊・坊主を揃えて「鉄砲」なんていうものもありました。

その後母がルールを知っていたことから小学校の時代は

よく遊んでもらっていた。また小学校4年ぐらいになるとヒロキくんだけでなく

後々仲良くなるマサカズくんという友人ともよく勝負して玉砕していました。

マサカズくんはゲーム関係には精通していて

将棋からオセロからトランプまで教えてもらいました。

中学で一緒になったときはファミコンも少々だが教えてもらいました。

小学校4年ぐらいの放課後はいつもヒロキやマサカズとインドアゲームをしていました。

楽しい思い出が学校の中になくても友はいたのですね。

なのでその後、筆者が学校への順応がどんどん出来なくなっていって

トラブルを起こし続けたことに対して特に2人には申し訳なかったと今でも思っています。

今更ながら花札がしてみたい気になります。

あのパチッという音がなんか爽快なのです。

だからゲームセンターであったアッチ系の花札では満足しないのです。

30年ぶりに遊んでみたいものです。

というか一頃コンビニとかでも売っていたのですが、今はどこに売っているんでしょうか・・・?

昔の懐かしい遊びを想い出すと、ほんの少しワクワクしてみたり

ほんの少し寂しくなったり、、、、、

時々、想い出す事は心と身体にとてもよいそうです。

こんな風に、昔のことをほんの少しだけ想い出しながら、自分の心と向かいあい

今日も残りの時間を過ごして行きたいと思います。

(筆:メンバーS)  


Posted by sansanhiroba at 11:11Comments(0)メンバーコラム

私の大切にしているもの ”10がつく日” 】

2016年12月16日

タイトル:我が家の住まいについて

自分の家を持ちたい事は若いときからの夢を持っていました。

大阪より帰省して約10年で自分が家を持てた夢が実現いたしました。

最初は準和風住宅の寄せ棟で2階建て7LDKで(7人家族)車庫付きでしたが

私の計画ミス、家族から批判の声が多いに出てしまい本当に大変でした。

それから、10年間ほど経った時に地域内の区画整理(農地道を宅地に整備)の

計画が始まりました。

そんな時に自分自身が病に倒れ8ヶ月の入院生活が始まりました。

入院中に病院まで行政の人達との話合いが始まり

色んな事を勉強する事に成りました。

いろんな事をいろんな方とやり取りしながら8ヶ月の入院生活も終わり

やっと自宅に帰る事ができ今度は引越しの準備や解体などの予定を立てましたが

肝心の解体現場をみることができず涙、涙の日々でした。

仮住まいをしながら次の住まいの計画を立てたり、いろんな知識を得ることができ

ある住宅会社(工務店)に巡り会い私は、その工務店に決めたのです。

担当の営業職のTさんは、とにかく親身になって話しを聞いてくださり

全てにおいて良心的でした。

それからというもの、工事が完成するまでは順調に事が進み記念すべき

なんと2010年10月10日のAM10時10分に完成したのです!

完成した我が家はとても快適で5LDKの庭付きで車庫に車が3台も停めれます。

毎日、季節を感じながら通勤ができます。

私は素晴らしい工務店の営業のTさんと出逢い、

話し合えることのできる相手をもつことができましたので

それは一つの喜びです。

大切な家や家族を守っていくためにも、これからも

頑張ってお仕事に励んで行こうと思っています。

メンバーKより  


Posted by sansanhiroba at 13:58Comments(0)メンバーコラム

【私の好きな事「タロット占い」】

2016年12月15日

「タロット占いは、そんなにヤバくない」


こんにちは。さんさん広場祗園教室メンバー・パンク担当・Mです。

今回は、「私の好きなもの」の中の一番スリリングな「占い」で行ってみたいと思います。

実は、元婚約者の家がちょっとファンタジック過ぎる活動をやっていて

それが一因で結婚をドタキャン!!!

えー・・・・なんかもう色々あって、不思議系が苦手になりました。

不思議系ってよくいえば個性的なのですが、私はどうしても苦手で・・・・。

占いもそうなんです。興味もなければ実は苦手な方でした。

そんなある日、仲の良い友達が、突然「私、占い師になろうと思って…」と爆弾発言!

しかし、彼女は一般常識もあり裏表のないとても信頼できる人なので、

ここはちょっと協力してみようと思い

練習台になったりしてましたが、、、、、

そんな私がまさか占いをやろうとは、

思ってもいませんでした。



そうするうちに、時は経ち、 な、な、なんと

その友人は売れっ子占い師として、雑誌やネットで活躍して行ったんです!

彼女のご実家が福岡なので、帰省のついでに占い講座を開き、

占いはどーでもよく、友達に会う感じで講座に参加していたのですが

他の参加者さんは、真剣勝負って感じで占いを勉強しているので、

「なんだか少し変わった人達ばっかりなんだろーなー」と

偏見を持っていたら、頭の回転が速く、社交的だし、

キビキビして美女な人ばっかりでした。

タロット講座だったのですが、何もわからない私に対し、

それはそれは、親切に教えてくれる、優しい人達☆☆☆

タロットの先生は、イケメン男性で、

不思議ワードを使わない理系だったのも、好感度UP↑

そして、友人占い師は、「あんな事があって、凄い嫌だと思うけど、

Mちゃんは占いに向いているから、良かったら、興味持ってみてね」と言うんです。

彼女は霊媒体質で、普通のOLの頃から、オカルトな事件に巻き込まれて

酷い目に遭っていたのですが、私は唯の人。。。。。。

霊感とやらも皆無だし、見えないものは見えない人。

しかし、向いているって、どーゆーこと???

「きょうのタロットの先生も霊感とか無いけど、超当たるし、人気ある先生だよ」と、友

人は言うのです。

その講座は、タロットの先生が書いた本がもらえるので、

家でなんとなく読んでるうちに、

カードが欲しくなり、遊びで占ってブログにUPしていると、

占い師の友人から、「カード、読めてるじゃん。そーゆー感じでいいんだよー。」と

褒められ、おだつ。(←北海道弁で調子に乗る等の意)

おだった私は止められない。

周りの友達を占うと、「当たる!」と大評判でした。



タロットは、現在抱えている問題や

悩みにアドバイスや新しい選択肢を出してくれるツールなので、

この先どうなるかとか訊かれると「自分で決めろ!」と、心の中で思うのでした。



占いは、所詮占いなのです。


人生を決めるのは、あなた自身!


タロットは、その手助けをするツールです。

こんな私が唯一褒められる特技だから、

タロットが好きなのかもしれませんね。


人生は一度きり

最後に決めるのは自分自身です。


何でも、あの人が悪い、これが悪いっていうより、

まず自らを律し、あらため、自分で決めた人生を過ごした方がいいと思いますが

皆さんはいかがでしょうか・・・・・。



☆メンバーMより☆  


Posted by sansanhiroba at 10:25Comments(0)メンバーコラム

【私の好きなこと・・・・「一期一会」でしょうか】

2016年12月12日

こんにちは

さんさん広場祇園教室です。

さんさん広場祇園教室でお仕事をして頂いている

メンバーのY子さんより自分の好きな事について描いて頂きました。

タイトルは「一期一会」

お話を頂きましたのでご紹介さしあげます。



「一期一会」とは

「初めて会う人だけでなく、毎日会う人や度々会う人にも、今日が最期と思い、

その瞬間瞬間を大切にすること」という意味です。



こんにちは。

初登場メンバーのY子です。

わたしの好きなものはたくさんありすぎて

どれにしよう???と悩んでいたのですが・・・・・・

先日、お仕事の帰りに素敵な出会いがありましたので

「人との関わりが好き」ということについて、描かせていただきます。



現在の私しか知らない人からは必ず「エェェェェー(驚)!!」とそれはそれは驚かれますが

実は私は、小さい頃から人見知りで

自分から話しかけたり、友達を作ったりするのは苦手だったんです。

それが、今では「人との関わり好き」って言えるようになったか・・・

それは、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

「難治性の病気」になったことと「ある方」との出会いです。

(「病名」と「ある方」については、またの機会に書かせてください。)

病気になってから、失ったもの・諦めざるをえなくなったことは色々とあり

一時は生きている意味さえもわからなくなって現実逃避をしていました。。。

そんな時に支えてくれたのが

「家族」や「友人」 

そして・・・PC画面の向こうにいる「同じ病気を抱える人たち」でした。

ブログやTwitter、Facebookを更新すれば

『気持ちわかるよー』・『ほんと、毎日イヤよねー』・『側にいないけど応援してるよ!』

など たくさんのコメントをいただき、病気を通して関わる方々も増えてきて

近くに住んでいるからと、実際に会ってお茶をする機会もできました。

ふと気付けば人見知りが克服されていました。



病気になったのは不幸かもしれないけれど

それによってもたらされた人との関わりはかけがえの無い「宝」になっています。

今ではすすんで話ができるようなりましたので

これからも「人との関わり大好き~~~~」

さらに楽しんでいこうと思います。

そんな変化があった自分自身を観て、、、、、以前は作ってばかりの笑顔でしたが、

今では、自然な笑顔がでるようになり、とても明るくなったように思えます。

人間って、ある事がきっかけで、良い方にも悪い方にも変わる事ができます。

これからも日々成長できるように自分らしく生きて行こうと思っています。

冒頭の「素敵な出会い」も何れ・・・

つづく?(笑)

メンバーY子より  


Posted by sansanhiroba at 09:43Comments(2)メンバーコラム

【水木しげるのファンな僕】

2016年12月08日

こんにちは

さんさん広場祇園教室です。さんさん広場祇園教室でお仕事をして頂いている

メンバーのHさんより【水木しげるのファンな僕】について

お話を頂きましたのでご紹介さしあげます。



こんにちは

さんさん広場でお仕事をしているHです。今日は僕が尊敬している

水木しげる先生の事をお話さしあげたいと思います。

僕が水木さん(本人も自分の事を水木さんと呼ぶ)を

好きになった理由は沢山ありまして、

その人間性や、もちろん絵の上手さ、

漫画の内容(社会風刺、人間模様、図鑑、

少年誌に連載されたもの、絵本等子ども向けのもの等)の多彩さなど、があります。



それに冒険家としての一面も持っておられ、

妖怪を求めて世界各国を旅していらっしゃいます。

その紀行本も何冊か出版されています。

妖怪に関する図鑑や書籍は数多く、世界妖怪会議なるものも開いておられます。

幼少の頃に母親からよく漫画「河童の三平」を読み聞かせてもらい、

その思い出が今でもとても印象深く残っています。

登場してくるキャラクターに河童やタヌキ、死神や小人、仙人や

様々な妖怪などがありますが、

どのキャラクターもどこか人間臭くて憎めない所がありとても面白いです。、

内容は三平という少年が両親を探して冒険していくというものですが、

とても面白く読ませてもらいました。





その後、小学生になってから水木さんが書いた風刺物の作品を読むようになり

「ゲゲゲの鬼太郎」や「悪魔くん」などの代表作ももちろん好きだったのですが、

どちらかというと水木さんの作品に度々登場するメガネ出っ歯のサラリーマンや死神、

ほっぺのふくよかな少年などが登場する

短編の社会風刺や人間模様などがテーマの作品に興味が湧き、

それらを母親に誕生日や特別な日などに買ってもらっては読んでいました。

中学生に上がると「のんのんばあとオレ」

(フランス語で現地で出版され、日本ではドラマ化された)や自伝物、などを読むように

なりました。

水木しげるさんの作品には貸本時代のもの(1950年代)で

現在はプレミアが付いておりとても高価なものがたくさんあり、

現在はそれらのプレミア本の収集も少ししています。

また水木しげる先生の下でアシスタントをしていて現在も

活躍中の漫画家さんや現在はほとんど書いていないけど

伝説的な漫画家さん(つげ義春、鈴木翁二、池上遼一、等)も多数いらっしゃって

そちらのほうの作品も好きでほとんど読んでいます。

(水木さんの作品はすべてといって良いほど読んでいます!)

5年ほど前に「Oh!水木しげる展」という個展が

全国で開催されていて福岡でもあったので見に行ってきました。

憧れの水木先生の幼少期から現在までの様々な絵画や漫画等の展示がありとても興味深か

ったです。

水木さんの故郷の鳥取県境港市には水木しげるロードや記念館などがあります。

まだ行けていないのですが、絶対にお金と時間を作って行きたいです!!!

ちなみに双子の兄も水木しげる先生が大好きです。

これは本当の話でちょっと笑えるのですが

僕の知り合いに酒井美奈さんという人がいるのですが

そのひとから家に「酒井美奈と申しますが・・・」と言う

電話がかかってきてそれを受けた母親が、

「境港・・・」と聞き間違えて、

僕が鳥取県の境港市にいっているのではないかと

早とちりしたことがありました(笑)。

そんな僕ですが、次回はまた「好きなもの」についてご紹介させていただきますので

お楽しみにしてください☆

水木しげるのファンな僕メンバーHより


  


Posted by sansanhiroba at 14:05Comments(0)メンバーコラム

長崎へ1泊2日の旅

2016年11月17日

さんさん広場のKです。

いつも9月頃になると、母が「どこかに娘二人と旅をしたい」と言い出します。
一昨年は東京に「はとバス」で旅をしました。「はとバス」は、とても快適でした。親子3人とも、すっかり「はとバス」のファンになりました。

去年は、京都に行きました。r和風の旅館は取れましたが、すごく狭くて2人のトランクを置くスペースがありませんでした。次の日は観光タクシーで回って快適でした。

今年は、長崎へ行くことにしました。母の希望は「順和風で、ベット(自分が足が悪いので、畳から起き上がるのが大変だから)がある部屋」と言う希望ありました。私は、「トランクを2つゆっくり空けられる空間がある」と言うことを希望しました。京都の部屋は、狭くて妹と私のトランクを開ける空間がなくて困りました。

「この条件で探してください」と、いつもお世話になってる近畿日本ツーリストにお願いしました。すると「にっしょんかん 新館 梅松鶴」と言う旅館を探し出してくれました。

稲佐山の反対側にある旅館で、夜景が見える部屋を取ってくれていました。窓から何度も夜景を見ました。広々したお部屋で、ベットが2つと和室があり、ゆっくりできる部屋でした。

11:55の「かもめ」で行ったので、14時前には長崎に着きました。15時からのチェックインするには早いので、長崎駅に隣接している「アミュプラザ 」に行きました。

母がお土産を大量に買うので、トットと買わせないと「土産物を買わなきゃ」と思っていました。ずっと思ったままで旅をすると、旅の十分にエンジョイできないと思うからです。

それに私は、トットとお土産を買ってしまいました。それからは、お土産のことを考えずに旅をたのしめます。  


Posted by sansanhiroba at 09:56Comments(0)メンバーコラム